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設計事務所の仕事

丹呉明恭 

私の事務所は、木造住宅の設計を中心にしているので、設計事務所の仕事を木造住宅の設計に限定して考えてみます。設計事務所は住宅についての専門的な知識と技術を提供することが主な仕事で、実際に住宅を造るわけではありませんが、では住宅に対して提供する専門的な知識と技術とはどのようなものでしょうか。

1)その家族の生活・好みを条件にして住宅の形を探す

生活の仕方と好みは家族によって個人によって、それぞれ違います。したがって、それぞれの家族が求める住宅の像も、家族の数だけあることになります。設計事務所は、個人の生活の仕方と好みには踏み込むことはできませんが、それが求める住宅像には踏み込むことができます。その家族の形態に最もふさわしい住宅の形を見つけるのが、設計事務所の最初の仕事です。ではそこにどのような専門的な知識と技術が必要になるのでしょうか。日本の住宅は6畳間・8畳間のように基本的な単位が明快なので、間取り図が平面図と同じ役割を果たしています。しかし、私たちが造る平面図と間取り図とは違います。平面図は家全体の空間構成を表すもので、空間(部屋)同士の関係性を表現したものです。その関係性が、家族の関係性の表現であり、住み方の表現でもあります。平面図をスケッチすることは、家族の関係性や生活の仕方をどのような形に置き換えるのか、重要な作業なのです。その平面によって、すべてが決まってしまうのですから、これは設計事務所の責任ある専門的な仕事です。
設計に取り掛かるときには、その家族の要求を聞かせてもらいます。それは具体的な細々したことから、漠然とした夢のような理想像まで、すべて聞いて、それをその家の設計条件として取り入れて、平面計画に取り掛かります。その平面計画を繰り返し検討することは、関係性を整理したり、新たな関係性を模索したり、設計事務所と家族との共同作業の中でのみ行われることです。

2)敷地を考える

住宅を建てる敷地も、同じものはありません。土地はいろいろな特性を持っていますが、広さに限界がある日本の事情では、それらは理想的な状態からのマイナスの要因と考えられることが多いのです。狭い、変形している、日当たりが悪い、隣家が迫っている、崖地、もと田んぼ、地盤が悪い等々住宅を建てるためにはうれしくない条件が多いのですが、それもまたその家の設計条件として取り入れて、その家族の生活の形を探し出すのが事務所の仕事です。マイナスの要因をどのようにプラスに転じるのか、設計事務所の腕の見せ所でもあります。私たちは、いろいろな敷地を見て考える訓練を繰り返しているので、強い特性を発している土地に立つと、その瞬間に平面形が浮かんでくることも良くあります。

3)構造を考える

多様に展開する住宅の形を支える構造の基本的な考え方はすべて同じというのが、私の事務所の基本的な方針です。住宅の形によって、地震や風に対する構造的な性能が変わってしまうのでは、設計事務所の技術としては失格です。また、長い時間の経過による経年変化によって、構造的な性能が変わるようでは、安心して住むことはできません。これまで、山辺構造設計事務所と大工塾の大工さんたちと一緒に研究してきた木構造の考え方を基本にした構法を「渡り腮構法」と名づけていますが、この構法によってすべての住宅を設計するのが、動かすことのできない方針です。それは、この構法が木で住宅を造るときに、最も良く木の性能を引き出すことができるものであると確信しているからです。その構法を、常に進化させて具体的な工法に定着させてゆくことも、設計事務所の大きな専門的な仕事だと考えています。

4)住環境の快適性を考える

住むための快適性に関しては、いろいろな考え方があります。24時間換気をすべての住宅に義務付けている建築基準法の下では、機械的に作り出す住環境が基本になっています。その機械的な性能の向上によって住環境を制御することで、地球規模の環境に対する制御も行おうとする方向です。地球温暖化に対しても同じ方針です。
私の事務所や大工塾で指向する方向は、それと全く逆の方向です。木の特性を最も効率よく利用する技術であれば、機械に頼る部分を小さくしても一定水準までの住環境の快適性は作り出せると考えています。木や土で作る住環境は、湿度の変化を小さく抑えることができます。この性能を利用して、夏の蒸し暑さは、通風と建物の適度の断熱化によってある程度まで制御することができます。冬の寒さも建物の適度の断熱化と壁や床からの輻射熱を利用することで、小さな暖房機を使用することである程度制御できます。地域によって暑さや寒さが住宅の能力を越える環境になる場合には、新しい素材や機械に頼りますが、その選択の基準には厳しくありたいと思っています。住環境を、その地域の風土に合わせた方法と技術で考えることもまた設計事務所の専門的な仕事です。

5)長く住むことのできる技術と仕組みを作る

100年住み継ぐ家などと簡単に言いますが、ずっと木造住宅を造ってきて、100年はそう簡単なことではクリアーできないと思っています。住宅の素材として選択できる材料そのものが100年の期間耐えられるのかどうか、それらを組み立てる技術が100年間にガタがこないのかどうか、自信を持って大丈夫とは言えません。言えることは、「考えられることはやりました」ということだけです。おそらく造る人間に言えることはそこまでです。それ以上言う人は、真摯に考えていないか詐欺師かどちらかです。
では、どのような方法があるのか。私は木造住宅を取り巻く仕組みの作り方が重要なことだと思っています。その住宅を造った技術と思想を共有している造り手がいること、その技術が伝えられて共有する造り手が次々に育つこと、その技術と思想を住む人が理解して、それを次に住む人に伝えられること、その技術と思想が皆に尊重されること、等々が揃った環境づくりが、長く住む継ぐ家を造る唯一の方法だと思います。これは、設計事務所に課せられた実は一番難しい仕事だろうと思います。設計事務所には、その環境を担う一員だという自覚と、常に造り手との共同作業を厭わない姿勢とが強く求められます。私は、そこに踏み込まない限り、木造住宅を長く維持することは出来ないと思います。そして、できないとすれば、木造住宅を造り続ける本当の意義も見出せないのだろうと考えています。

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